2011-05-05

大河内直彦『チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る』(岩波書店)

地球温暖化に関する本を読んだ。大河内直彦チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る』(岩波書店)だ。地球科学に関する圧倒的な教養、原理面まで含めた完璧な理解、そして抜群の文章技術。圧巻である。

地球環境に関する網羅的な統計分析については、ビョルン・ロンボルグ著、山形浩生訳『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』(文藝春秋)は賛否いずれの立場に立つにせよ必読だと思うが、ロンボルグは政治学者であり、気候学の専門家ではない。それゆえ、この本は、データの信頼性に関する議論はほとんどせずに、データが正しいことを前提に議論を進めている。

しかし、統計にはもう一つの側面がある。「データがどの程度信頼できるのか」を知るためには、測定誤差の問題と、推定の前提となるモデリングの問題を避けるわけにはいかない。大河内氏の本書では、この点、科学者がいかにその問題を解いてきたか、そしてどこに限界があるのかにいたるまで、一般向けの本としては、かなり踏み込んだ解説がなされている。

ロンボルグの主張のコアは、「温暖化に人間の活動が関与しているのは間違いないが、努力しても大した効果はない。だからHIVワクチンのように、もっと効果のある経済政策を優先しよう」というものだ(この優先順位に関しては、ここに詳細がある)。

しかし、この主張の根拠は、(おそらく)「線形モデル」的な視点に基づいている。つまり、ロンボルグは、「気候が、ちょっとした経済活動によっては激変しない」ことを前提に話を進めている。だが、気候を記述するモデルは非線形なので、話がちょっと単純すぎる。

本書では、この点が明快に説明されている。「気候システムには複数の安定領域があり、外力(人間の経済活動など)によって気候を決めるパラメータが変動し、それがある閾値を超えた途端、別の安定状態(我々にとって望ましくない気候)に遷移する可能性がある」ということだ。気候は短期間に激変する可能性があるのだ。このような問題をコスト・ベネフィット分析によって優先度が低いとみなすのは、ずっと危険なのではないか。

それでも、コストとの兼ね合いという問題はどうしても残る。統計に関してはロンボルグ、原理面の理解と「科学者たちがいかに気候変動の謎に挑んだか」については本書が決定版だ。両者を合わせて読むと、理解が深まることは間違いない。

本書のエピローグ(P.344)より。
わたしたち人類、とくに先進国は、紆余曲折を経ながらも二〇世紀を通して豊かな社会へと発展することに成功してきた。その背景には、「安定した気候」という隠れた条件があったことを忘れてはなるまい。もし、気候が変動したり、海面が上昇していたなら、その対策に莫大なエネルギーと予算を費やし、今日の繁栄はなかったに違いない。今年も去年とだいたい同じ量の雨が降ること、三年前とほとんど同じ気温であること、そして海面が一〇年前とほとんど同じ高さにあること。そういうごく当たり前だったことに、わたしたちはもっと感謝しなければならないのである。

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