湯浅誠氏の文章を読む機会があった。
私は貧困について語ることはおろか、それに関する本を読むだけでもつらい気持ちになる。『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』や『未来思考』でこの問題に一部触れたが、深入りはしなかった。
深入りしなかった理由はやや複雑である。なんとなく目を背けたくなる話だから、というのもある。インドに来る前だったからというのもある。
世界の貧困を目にした人たちは、日本の貧困は貧困のうちに入らない、という。それはそうだ。それは数字の上では誤差のようなものだ。ご存じのとおり私が今住んでいるインドの貧困は、日本の比ではない。私は毎日のように貧困者に遭遇する。その現実について、今はあまりあからさまに書く気にはなれない。身近すぎるからだ。インド人に日本の典型的な貧困家庭の話をしても、うまく伝わらないだろうと思う。インドにおける中産階級並みの暮らしのどこが貧困なのか、おそらく理解できないだろう(実は何度も説明を試みたのだが、いずれも失敗に終わった)。
だが、はっきり言えることは、湯浅氏が闘っている「日本の貧困」は正真正銘の貧困だということだ。日本にも貧困はあり、それはある意味でインドの貧困と勝るとも劣らないほど絶望的だ。
私は正直、湯浅氏のアプローチにはついていけない面がある。会社員時代に労働組合の評議員をやらされたことがあるが、そのとき感じた「組合臭」を感じてちょっと引いてしまう。組合的な活動が好きではないのだ。だが、インドでほぼ1年を過ごし、彼の気持ちがわかるようになった。
はっきり言って、貧困に関わって得することなんて何もない。彼はエリートだ。やる気になれば大金を稼ぐ職に就くこともできたはずで、そういう仕事に就く方がずっと楽だったに違いない。
当然、貧困者に税金を投入することに反対する人がいる。自己責任ではないか、というロジックは、それはそれで強固であり、壁は厚い。労働規制の強化に反対する人もいる(私は反対だ)。派遣村は失敗だったと思っている人も大勢いるだろう。
活動家だって食べていかなければならない。生きるためには綺麗事ですまないことだってある。それを責められることもあるだろう。
おまけに、敵は反対派だけじゃない。
個人的な体験から言えることだが(その詳細は今は書きたくない)、援助したからといって必ずしも感謝されるわけではない。そればかりか、ひどい言葉を投げつけられることさえあると思う。いかなる善行も、現実にやってみれば必ず反作用というものがある。私ならそれを引き受けることはできないだろうと思う。「なんだよ、せっかく助けてやったのに。」 そんな捨て台詞さえ吐くかもしれない。
だが、彼が今まさに闘っている一番の強敵は、おそらく、皆がこの問題を忘れてしまうことだ。格差と同様、貧困もブームになった。ブームは必ず去ってしまう。皆が関心を失えば、貧困はニュースバリューを失う。
私は、湯浅氏の考えに全面的に賛成ではない。だが、貧困問題への関心だけは失わないようにしたいと思っている。
私は貧困について語ることはおろか、それに関する本を読むだけでもつらい気持ちになる。『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』や『未来思考』でこの問題に一部触れたが、深入りはしなかった。
深入りしなかった理由はやや複雑である。なんとなく目を背けたくなる話だから、というのもある。インドに来る前だったからというのもある。
世界の貧困を目にした人たちは、日本の貧困は貧困のうちに入らない、という。それはそうだ。それは数字の上では誤差のようなものだ。ご存じのとおり私が今住んでいるインドの貧困は、日本の比ではない。私は毎日のように貧困者に遭遇する。その現実について、今はあまりあからさまに書く気にはなれない。身近すぎるからだ。インド人に日本の典型的な貧困家庭の話をしても、うまく伝わらないだろうと思う。インドにおける中産階級並みの暮らしのどこが貧困なのか、おそらく理解できないだろう(実は何度も説明を試みたのだが、いずれも失敗に終わった)。
この問題については、インドに来てずいぶん考えたが、私の考えをまとめることはやめておく。感情的になりそうだし。
だが、はっきり言えることは、湯浅氏が闘っている「日本の貧困」は正真正銘の貧困だということだ。日本にも貧困はあり、それはある意味でインドの貧困と勝るとも劣らないほど絶望的だ。
はっきり言って、貧困に関わって得することなんて何もない。彼はエリートだ。やる気になれば大金を稼ぐ職に就くこともできたはずで、そういう仕事に就く方がずっと楽だったに違いない。
当然、貧困者に税金を投入することに反対する人がいる。自己責任ではないか、というロジックは、それはそれで強固であり、壁は厚い。労働規制の強化に反対する人もいる(私は反対だ)。派遣村は失敗だったと思っている人も大勢いるだろう。
活動家だって食べていかなければならない。生きるためには綺麗事ですまないことだってある。それを責められることもあるだろう。
おまけに、敵は反対派だけじゃない。
個人的な体験から言えることだが(その詳細は今は書きたくない)、援助したからといって必ずしも感謝されるわけではない。そればかりか、ひどい言葉を投げつけられることさえあると思う。いかなる善行も、現実にやってみれば必ず反作用というものがある。私ならそれを引き受けることはできないだろうと思う。「なんだよ、せっかく助けてやったのに。」 そんな捨て台詞さえ吐くかもしれない。
だが、彼が今まさに闘っている一番の強敵は、おそらく、皆がこの問題を忘れてしまうことだ。格差と同様、貧困もブームになった。ブームは必ず去ってしまう。皆が関心を失えば、貧困はニュースバリューを失う。
私は、湯浅氏の考えに全面的に賛成ではない。だが、貧困問題への関心だけは失わないようにしたいと思っている。
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