2009-11-18

研究者が国の予算を使うことについて考えておくべき4つのこと

今回の仕分けについては、言いたいことはたくさんあるが、もう遅いので、今後考えるべき問題をメモしておく。私が感じた疑問である。

ブログを書くのは、先週金曜日に北大の石村源生先生(科学技術コミュニケーションの専門家)とお話させていただき、ちょっと刺激されたからだ。

私は、科学研究費補助金の一部の執行停止に対する反対署名にはまだ署名していない(しないかもしれない)。反対であるというより、どう判断したらいいのかわからないので署名していないというだけであるが。

この呼び掛け文の冒頭には、こう書かれている。
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日本は高い科学技術を保持し輸入した製品に付加価値をつけて輸出をし、その差額で資源や食料などを輸入する加工貿易立国であり、それ故に科学技術立国としての地位を守らなければいけません。日本のロングスパンの科学技術の将来を支える若手研究者の生命線ともいえる科研費などの一部(以下参照)が突然削減されようとしています。それによって研究者生命を断たれようとしたり、海外の一線で研究をしてきた研究者が突然の停止によって帰国を余儀なくされています。これは将来の日本の科学技術に大きく影を落すものであり、結果として加工貿易大国としての日本の将来を奪うものです。
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この文章の中で、若手云々に関しては、確かに気の毒だ、と思う。感情的には完全にこの意見に賛成である。

だが、私はどうも、この枕詞のように繰り返される「科学技術立国」という言葉のリアリティを疑ってしまう。過去形であればわかるのだが。

科学技術立国というのは本当だろうか?それは何を指しているのだろうか?日本の将来を奪うというが、科学技術立国でなくなったら食べていけないのだろうか?それはyes/noで二分できることなのだろうか?

私は、ここで展開されているロジックがどの程度根拠を持つかまだ自力で考え抜いていないのだ(正しいのかもしれない。まだわからない、というだけ)。

最初に断っておくが、私は立場としては科学技術側(解析学&情報工学の研究をしている)で、予算は重要だと思っているし、今回の事業仕分けには腹が立つ点もたくさんある。

しかし、ここで少し頭を冷やした方がいいとも思っている。将来のために。

(1) 科学技術研究の予算は、なぜ他の予算よりも重要なのかに答えること

まず、最も難しい問題だが、なぜ科学技術の研究が重要で、それに多額の予算を割かねばならないかを十分説明する必要がある。予算が限られている以上、多額の研究費を使えば、その分、別の予算が減るのだ。極端なことと思われるかもしれないが、大規模な実験プロジェクトを行うために、貧しい人に回る予算が削られるかもしれないということをよく考えておかなければならない。

そして、あまり議論にならないが、なぜ科学技術の研究だけ特別扱いしなければならないのか、という質問にも答えられる必要がある。科学や技術より、社会科学は重要ではないのか?人文科学は?どちらも研究費を必要とする。例えば、大規模な社会調査は数千万円からことによると億単位の費用がかかる。科学技術の研究と同じく、後進を育てるための予算も必要だ。

もちろん、他分野が重要でないなどとは言っていない、皆重要だ、と答えることもできる。ただ、それは気持ちとしては理解できても現実的には意味がない。予算が減るなら、すべての研究分野に研究費を潤沢に配分することはできないからだ。何かを増やせば(あるいは維持すれば)別の予算が減る。それを正当化する根拠は何か?

(2)なぜ日本で研究しなければならないのか?なぜ日本人が成果をあげなければならないのか?

少なくとも科学はパブリックなものではないか?成果は論文として発表されるし、研究者も世界中を飛び回っている。なぜ日本人の成果が重要なのか?アメリカ人でも、中国人でもインド人でもいいのではないか。科学の成果の多くは日本以外で日本人でない研究者によって成し遂げられている。我々はその便益を得ている。なぜ日本がリードしなければならないのか?予算がかかるなら別の国と協力してはいけないのか?

工学の場合、特許も重要だが、特許だけ保持していても人類は進歩しない(むしろ阻害する)。事業化しなければ特許は生きてこない。これまでどれだけ事業化に成功しているか?特許によって日本人はどれだけの利益を得たのか?

(3)誰が研究を評価するべきか?

仕分け人の人選が変だ、という声もある。もっと研究者を入れろという人もいる。

実は皆わかっていると思うが、研究者は他の研究者に対して好意的であるとは限らない。同じ分野であればライバル心があるし、他分野のことはわからない。したがって、研究者をいくら大勢集めてきても、どの研究がどれだけ重要かはわからないということになる。それぞれが自分の研究の重要性を主張するだろう。

そう考えるなら、研究者が研究全般のプライオリティを決めるのは不適当なのではないか?

(4)研究資金は国が負担するべきか?

基礎研究の大部分は、ダイレクトに利益を生み出さない。これらは、国の予算を使う必要があるかもしれない。しかし、応用研究、例えば工学では、企業と共同研究することも可能だし、ものによっては事業化して会社を作ってもいいのではないか?少なくとも「役に立つ」ことを研究している研究者は、事業化に積極的に取り組むべきではないか?


全体にかかわることだが、私は「国家が競争力を持つ」という考え方がどうもうまく飲み込めない。製品開発でもサービスでも、競争しているのは国家ではなく、個々の企業である。研究の場合は、研究者個人、あるいは研究チームが競争力を持つのであって、国家が競争力を持つのではないのではないか?

私自身、今のところ、きれいな解答を持ってはいない。解答がないから正当化もできない。

4 コメント:

匿名 さんのコメント...

まったく同感です。
どの疑問も常々感じてきたことです。
研究サイドの方で、冷静に考えていらっしゃる方を見つけて、とてもうれしいです。

いま経済状況は厳しく、科学者だけがその影響をこうむらないでいるのは不可能だと思います。
事業仕分けは、確かに「?」と思ったこともありましたが、科学予算も仕分けの対象とするのは、当然というか、不可避だと思います。

むしろここに書かれているような疑問への回答の指標となるような研究がまずなされるべきなのかもしれないですね。
ありがとうございました。

匿名 さんのコメント...

初めてコメントさせていただきます。USにてLife Science分野で研究をしています。4つの問題は「国益」と言う言葉で回答できるのではないかと思います。将来日本に利益をもたらす可能性のある研究を国が決断しサポートしていく。日本を離れ手USで研究をしていると、如何にUSが将来の「国益」のために投資をしているか、そして日本が何故「国益」を考えていないのか、痛いほど判ります。日本人として辛いことです。世界のトップだからこそ人、モノ、金が集まり、そこにビジネスが生まれ、革新が生まれ、そして大きな利益、福音をもたらすのでは。

ケビン67 さんのコメント...

同感です。
というか、言いたかったことをまとめてもらったと考えています。

研究者は、自分の研究に投じられている研究費の妥当性について、もっと考えるべきと感じています。

そして、その妥当性について、納税者に説明できないのであれば、そのような研究をやってはいけない、と考えるべきです。

http://twitter.com/kevin0067/status/6050356323

Masahiro Kaminaga(神永正博) さんのコメント...

コメント返信遅くなってすみません。

皆様、コメントありがとうございます。

科学技術関係の予算は、今まで聖域になっていましたからね。これにはいい面も悪い面もあるのですが、現時点では説明責任を果たしているとは言えませんよね。これだけ不景気が深刻化してくると、投資に見返りを求めるのは自然なことだと思います。

「国益」というのも難しい話ですが、現状のシステムでは、スポンサーは国民ですから、国民のためになることがかなりの割合で含まれていないと納得できない人が多いでしょう。

その一方で、基礎研究もしている身としては、それだけではない、という想いもあり、複雑です。