2008-12-23

新指導要領の新聞取材とか

昨日,北海道新聞の電話取材.新指導要領について,改善ポイントと改悪ポイント,基本的な考え方についてコメントさせていただく.どちらかというと批判的だが,文科省が政治的に(?)苦しい状況なのも理解できる.新聞の紙幅は限られているので,私が話したことのうち,載りそうにないことをメモしておく.

今回の指導要領(高校)では,数学において「統計」がやけに重視されている.私は,これには異論がある.そもそも,統計は数学ではない.数式が出てくるから数学だという意見もあるが,誤解である.相関を考えさせることになっているが,そんなこと,社会の状況がよくわからない状態でやったら危険に決まっている.変量相互の関係を考える能力は数学と直接の関係はない.統計が数学なら,数学者は世の中の統計を正しく読むことができるはずだが,経験的に言ってそんなことは「全く」ない.データさえ与えられれば後は計算というわけではないからだ.そんなことをいうなら,(計量系の)社会学者の多くは数学者が肩代わりできることになるが,そんなことは全くない.統計は「大人の学問」である.数学ではない.

ちょっと個人的な思いもあって言ったのは,「総合学習的な科目では,大学の先生の力を借りてはどうですか」,ということ.私も出前講義であちこちの高校で話をさせていただく(いつもICカードセキュリティの話ばかりでスマヌ)のだが,これをもう少しまとめてやってみたらどうかな,と思う.単発で話を聞くだけじゃなくて,それをもうちょっと深めてみたらいいんじゃないかと.

総合学習的な学習の仕方,というのは個人的には好きなのだが,高校教員が皆そうした科目に適応できるというわけではない.教育実習にさえ行っていない大学教員が,高校生に「知識・技能の活用」ができるように指導するなんて難しいに決まっている(できる先生はもちろんいるけれど)のだが,きっかけづくりという意味では大学教員は結構役に立つのではないか.ただアラカルト式でたくさん話を聞いて,感想文を書いてそれっきりでは,きっかけづくりにもならない.実にもったいないことだと思う.

たとえば,その年(あるいは前年)のノーベル賞の話なんていうのも悪くない.今回のノーベル賞の,小林=益川理論は普通に理解するのは難しいと思うけれど,素粒子の話は,よくわからなくても面白いものだ.電子はアップクォーク1個,ダウンクォーク2個,陽子は逆にアップクォーク2個,ダウンクォーク1個でできている,なんて話でも結構面白いのではないかと思うがどうだろう.自発的対称性の破れ,という南部先生のアイデアも,大学の物理の教師ならわかるはずだ.光るクラゲの研究も面白い.
数学の最先端は実感するのがひどく難しいので素材を工夫する必要
がある(これは物理学の比ではない.数学者でも,専門外の業績はよくわからない)けれど,大学の教員たる者,1つや2つは面白い話を持っているのではないかと思う.

課題について教師は熟知していなくてもいい.こうした話を聞きながら,
子どもたちと一緒になってたくさん質問してみる.先生が一生懸命理解しようとしている姿を見て,子どもたちも一緒になって楽しめると思う.

そして,これも大事なことだけれど,
あんまりタイトに評価しないこと.何が残ったかをきびしく問うようなことをしてはいけない.試験のようなことをすると,せっかくの生き生きした素材を殺してしまうことになる.ここは,文部科学省の指導がうるさいところだから難しいだろうけれど.


大学の教員というのは,なんだかんだ言って「教えたがり」だと思う.研究は好きだが教育は嫌い,という人でも,講義をすれば,それなりに面白いと思って欲しいな,という気持ちが出てくるし,もう一息で分かりそうだ,というときは,思わず「それはね,そうじゃなくてね,ホントはね」なんて言って教えずにはいられない人たちなのだ.研究一筋で学生のことなんか無視して話す先生だって,その「迫力」だけでも伝わったら大変なものだ.大学時代,選択公理Zornの捕題と等価)を使わない証明に凝っていた先生がいて,ちっともテクストが進まなかった(おそらく大部分の学生はよくわからなかったのではないかと思う)思い出があるが,彼は本物だ,と私は思った.学生は,自分がその科目ができなくても,教員が本物かどうかは見抜いてしまう.「こいつ,ちょっと凄いぜ」と思わせるようなプロの研究者の話は,聞く者を奮い立たせる力を持っていると思う.

こういうとき,分かって欲しい,自分の知っていることを伝えたい,という気持ちは,結構純粋なのではないか.

その際,学生集めに奔走する大学では,つい「下心」が出てしまうかもしれない.進学してきて欲しいというあまり,宣伝ばっかりなんてことになったら,それは悲しいことだ.私だったら,下心が見えたらせっかく湧いた興味も失ってしまうに違いない.

教えたい,伝えたいという気持ち自体は純粋なのだ.下心なんてなしでいきましょうよ,皆さん.というのが私の気持ち.

私は,元サラリーマンなので,費用対効果で考えたくなる人の気持ちもわかる.結局何が返ってきたのかばかり考えるのはビジネスをやっている人の悲しい性だ.しかし,それをやってしまったらおしまいである.費用対効果でやった研究がそうたいしたことはないのと同じく,この原則に基づいた教育なんて実質的な意味はないのではないか.双方楽しんで初めて意味のあることができる.恋愛がそうであるように,教育だってそうなのではないか.

私は,もう41だ.天才バカボンのパパと同い年.もう面白くないことをしている暇なんてないのだ.

全然関係ないが,世代会計についての論文を2,3読む.面白く,深刻.日本は,後30年も経たないうちにデフォルト(債務不履行)するかもしれないと本気で思う.この問題は重要なのでいつか真剣に論じるつもり.

2008-12-18

六本木心中とか勝手にしやがれとか

この不景気になにのんきなこと書いてんだよ的な話だが.

もそもそとお弁当を食べながらYoutubeで久々に「六本木心中」を聴く.アン・ルイスよかったなぁ.


懐かしいなぁ,と思いつつ聴いていたら,大学時代に同じ研究室だった友人を思い出した.誰でも知っている超有名進学校から来た彼は,東工大にも合格していたのに,バイト先に近いから,という理由で理科大に進学してきたのだった.変人である.ちなみに,当時理学部数学科は東工大と併願が多く,2-3割が東工大の落武者(笑)であったが,東工大を蹴って理科大に来たのは彼くらいであった.どうも頭のいい奴の思考回路はよくわからない.彼との話は面白かった.彼は,なぜか掛け捨ての保険について熱く語り(内容は忘れたけど),唐突に,カラオケで六本木心中を歌った.普通に歌うのではない.絶叫するのである.私も一緒に絶叫した.楽しかった.

そんな彼はIBMに入社したのだが,今頃どうしているのだろう.

どうでもいいけど,サークル(数学研究部(笑):ホントに真面目に数学のゼミをするサークルなんだよ.笑うなよ.OBは割に大勢数学者になってるみたいだが,俺はカウントされてんのかされてないのか)のOB会の締めは「勝手にしやがれ」だった.大声で歌って皆で踊る.愉快愉快.



それにしても,飲んで歌ってばっかだな.そんな人生.

2008-12-16

最近の状況

(著書1)ディスカヴァー21の統計本は今年中に仕上げる.現在,細かい修正中.グラフ満載.3月出版予定.

(著書2)線形代数の教科書.年明けに手をつけます.遅くなってすみません.

(数学)デルタポテンシャルを持つ非線型Schrödinger方程式の定常波解の安定性に関して,共同研究者から関連論文が届く.とりあえず印刷して,わかるところだけ計算してみた.全部読むのはちょっと大変.今の結果をとりあえず論文に(太田さんのメモ).現在8ページ.Publish or Perish.

(情報工学)DFA(Differential Fault Analysis)の実験が収束しつつある.細かい詰めがまだあるが,なんとか突っ切れる見込み.さしあたり,卒論とM1学生にドキュメントワークをさせる必要あり.これも論文にする.まだ2ページ.Publish or Perish.

(経済学)先週から電車の行き帰りに,David Romer, Advanced Macroeconomics(third edition), McGraw-Hill Irwinを読んでいる.Chapter 1(Problemsを除く)を読み終えたところ.この章は,ジョーンズの易しい本(経済成長理論入門)とかなり内容がかぶっているが,ジョーンズでは記述を易しくするためにあえてカットしたと思われる計算が書かれている.ジョーンズでは,生産関数はCobb-Douglas型を仮定して書いてあるが,この本では,一般化したままの記述.といっても,output per unit of effective labor f(k)がC2級で上に凸な単調増加関数でInada condition(limk→0+f'(k)=∞, limk→∞f'(k)=0) が満たされているという話なので,Cobb-Douglas型と思っても大差ないけど.計算は易しいのでスイスイ読めるし(内生的成長理論の計算はワンパターンなので),長期で見て実証とも合うという点でも頭に入りやすい.Romerの記述とは相性がいいような気がする.しばらく続けて読むつもり.

2008-12-15

数学は脳の構造の反映である

また風邪を引いてしまって更新がままならないというか原稿もままならない.人生いろいろままならない.

TIMSSに関して某新聞社から取材を受けたが記事にはならなかったようです.残念.

それはともかくとして,
国際学力調査 数学が楽しくて日常生活に役立つものである必要があるのか? ●干場
は面白いエントリですね.
特に,
そもそも、数学を日常生活に役立てようなんて発想が間違っていると思う。役立つ必要なんかない。役立てようという発想がせこい!
というくだりは激しく同意.

これに対して,弾さんが
読書とかけて数学ととく
を書いていて,これもまた面白い考察.

日常と非日常の関係は、物理と数学の不思議な関係と相似を成している。
数学は役に立つのではない。役に立ってしまうのである。

は,実感としてそう思う.面白いので,コメントを書こうと思いつつ,げほげほ...という状態でした.

数学が意外なほど「学問に」役立ってしまうのは,私の仮説ですが,

数学は人間の脳の構造の反映だから

というもの.これは,養老先生が「唯脳論」で展開している考え方.ただ,養老先生は,直線が点の集まりである,というユークリッドの定義が,そのまま,脳に対応している,と言っているにとどまっている.確かに直接的な対応関係がわかるのはその程度だと思う.しかし,数学は,おそらく,もっと高度なところまで脳と対応しているのではないか.弾さんも指摘しているが,Levi Straussの親族の基本構造の中に,Kleinの四元群が出てくるのもその一例だろう.

実は,数学は,なぜそうするとうまくいくのか,を説明できない.そうしたくなってしまうから,という他ない.なんとなく,こう変形したい.なんとなく足してみたい.掛けてみたい.余計な項を落としてみたい.似た項はまとめてみたい.ここに補助線を引いてみたい...
それは,そうしないと落ち着かないからだろうと思う.中学3年のとき,因数分解の難しいのを解くのが流行った.そのうち,

a3 + b3 + c3-3abc = (a+b+c)(a2+ b2+ c2 - ab - bc -ca)

という公式があって,これが何気なく置かれているのが不思議だった.aをxに置き換えてみれば,これが3次方程式の解の公式とほとんど同じものを提供することがわかるだろう.これを見て3次方程式の解の公式を作りたくなってしまうのは,ほとんど本能のようなものだ.そうしないと落ち着かなくはないですか?

たぶん,落ち着かない,という気持ちの強い人は,数学者になっているのだろうけれど.

2008-12-12

最近読んだ論文とか

干場さんのページを見てびっくり.新作は頑張って書いてますのでよろしくお願いします.

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全然関係ない話ですが.

アクセルロッドのしっぺ返し戦略はどうやら過大評価されているらしい.へー,すごいね,とか思ってたんだけど.

これと関係ないけど,数理社会学会の最新の論文誌「理論と方法」に

敷島千鶴ほか「権威主義的伝統主義の家族内伝達-遺伝か文化伝達か」

っていう論文が出てて,びっくり.これは面白い.
詳しくはそのうちまとめるけど,大雑把に言うと,

権威主義的伝統主義の家族内伝達を支持する証拠は得られなかった

家族に類似性はみられたが,それは遺伝の影響であり,家族の共有する環境の影響ではなかった

ということだ.
ブルデューのハビトゥスみたいな概念も怪しいのかもしれないという妄想が広がるがどうなんでしょうね.

2008-12-09

私は誰

Math Reviewをなんとか片づけてメール.「行」だね,これは.

理学部を出た人は,問題を解決するには,対象のメカニズムを知る必要がある,と考えることが多い.

工学部を出た人は,メカニズムはともかく,どうやれば問題が解決できるかを考えることが多い.

これは,どちらがいい,というわけではない.適宜使い分ける必要がある.

まず,解決を優先するなら,断然工学的なアプローチが有効.

例えば,速く走れるようになりたい,という要求をかなえるのに,馬の運動メカニズムを解明しよう,という発想では車はできない.車輪を持つ生き物は自然界にはいない(たぶん).

Dragon Speechのような音声認識システムの基本原理は,よく知られているように,隠れマルコフモデル(hidden Markov model)というものを使っている.ちょっと単純化しすぎだが,ようするに,発話者の単語(とは限らないが)と単語の遷移確率を推定して一番高確率の候補を表示するというソフトウェアだ.これは,人間の発話のメカニズムを解明した結果できたってわけではない.対象のメカニズムそのものを真正面から相手にせずに,一段抽象化したところで問題を解決している.

一方,とりあえずの解決ではどうにもならない問題が存在する.半導体は,最終的には量子力学が理解できなくても研究できる(今の半導体エンジニアの何割が量子力学を理解しているであろうか!)が,少なくとも初期には,バンド理論(数学的には,周期的なスカラーポテンシャルを持つシュレディンガー作用素のスペクトル(エネルギー準位)がバンド構造を持ち,そのスペクトル測度がLebesgue測度に関して絶対連続であること)を理解する必要がある.(これは,古典力学では起こり得ない現象であり,量子力学なしには完全な理解は不可能である.)
この他,特殊及び一般相対性理論は,理論なしには理解困難な話である.当然ながら,素粒子加速器を作ろうと思ったら,少なくとも特殊相対論を理解しないではどうにもならない.とりあえずの解決をすることさえ,理論なしにはできないのだ.

ようするに,両者の兼ね合いが決定的に重要だ.私自身は,どちらが重要かと言われれば,後者を優先する.しかし,そんなことばかり言っても現実の問題は解決できない.私は両方の世界を行き来しているので,うまい兼ね合いで仕事ができる...かと思いきや,これがそうでもない.私は本質的には理学部数学科の人間だとつくづく思う.一方で,現実問題の関心から逃れられないのが問題なのだが...

私は誰だ.

2008-12-07

FD講演会とか微分不可能な関数とか

12/1は,埼玉大学理学部のFD講演会で「少子化時代の高等教育」というタイトルで話をする.FDなんて面倒くさいだけなので,関係者数名以外誰も来ないかと思って心配したが,思いのほかたくさんの方々が話を聞きに来てくれて気持ちよく講演できた.ありがたいことだ.講演外の時間は,お茶大の戸田さんの集中講義(Ricci Flowの話(中身はよくわからなかったけれど(苦笑))の聴講と友人との非線形シュレディンガー方程式の共同研究(数学).その後,実家によって帰仙.

12/6は現職教員セミナーにて「微分できない関数について」というタイトルで簡単な講義.Weierstrass関数,Koch曲線,Brown運動のパスなどを例に出してお話.ちょっとだけHausdorff次元に触れるが,もちろん精密な定義はできない.微分できない関数,というのは扱いが猛烈に難しい.微分できる関数は,局所的には,直線か放物線として把握できる.つまり,局所化によって単純化できる.一方,微分ができないと局所化しても単純にならないので,たとえば,最大値の計算すら簡単にはできない.微分して0とおいて云々,という操作ができないからだ.

今抱えている仕事は,数学論文 2,情報工学論文 1,著書 2,Math Review 1.3年生のゼミ発表は80%くらいOK.若干課題が残る.卒業研究は,まだ発表練習はしていないが(来週金曜日に予定),まあ,見た感じではみんな合格点というところ.来年度は修士論文のことも考える必要があるのでちょっと大変.

なかなか本当にやりたいことだけに集中できないでいる.何かを切り捨てない限り,それは無理だ.これは今年中に結論を出さなければならないことだが.