2012-05-28

小谷野敦のカスタマーレビュー

小谷野敦のカスタマーレビュー2002‐2012』 おお、これは...10年分の自分のアマゾンカスタマーレビューを本にまとめて2200円+税で売るという、冷静に考えてみればありえない本(だって、読む気になればタダで読めるのだから)。


同様のことをして本が出せるのは山形浩生氏くらいだろう(彼には、『訳者解説』という本があるが)。山形氏の書評は、どちらかというと論文のレフェリーレポートに近く、研究者としては、非常に身につまされる。


というわけで、読みました。新幹線の往復で。感想はですね…、


   サイコー! である。


言うまでもなく、私はかなりの理系(数学+情報工学+統計学)なので、小谷野氏の文学論は難解でよくわからない。だから楽しんだのは、それ以外の部分である。


小谷野氏のブログは読んでいるが、本は読んだことがなかった。文学論は理解不能だし、「もてない男」関係もあまり興味がない。もう妻子持ちだし、もてるもてないなんて話は、もはやどうでもよい。しかし、本書は面白い。


びっくりしたのは、私が読んで「よくわからない」と思っていた本が、彼にもよくわからない場合があるということだ。例えば、ルネ・ジラール『暴力と聖なるもの』に星1つをつけ、こう書く。
かつて「ニューアカ・ブーム」の頃によく読まれた本だが、もともと非科学的なフロイトを、さらに非科学的な脱構築とやらにかけるのだから、もうしっちゃかめっちゃか、「何となく分かる」けれど、概してフレイザーの『黄金の枝』にバタイユを加味したようなものである。ジラールはカトリックだから、欲望の模倣にしたって、最後は神の模倣に行きつくもので、まあ暇な人はどうぞ、という感じの本。難解な文章を楽しみたい人のための娯楽評論としても賞味期限切れでしょう。
そ、そうなんですか! 精神分析がなにやら科学ではないというのは、薄々感じてたけれど、読んでもわからないのは馬鹿だからしょうがないよね、と思ってたんですが。


でも、小谷野氏が「何となくわかる」という程度なら、(彼ほど読解力がない)私にわからないのは当たり前である。


ホルクハイマー、アドルノの『啓蒙の弁証法』についてはこうだ。
だいたい、アドルノという人は意図的に難しい文章を書く人であって、もしこの本について知りたいなら概説書を読めばいい。こんなもの真面目に読んだらバカを見る。アドルノやその追随者は「アウシュヴィッツ」をやたら重視するが(アドルノに限らないが)、なんでポル・ポトやスターリンではないのか。要するに西欧でそんなことが起こるなんて信じられないという西欧中心主義なのである。啓蒙されたのち野蛮になるのではなくて、人間の一部は何を教えられたって野蛮なのであって、そこには弁証法なんてものはない。弁証法なるものはヘーゲル歴史哲学というインチキと不即不離であって、歴史法則主義が成り立たないことはポパーの言う通り。それに、ヒトラー以後、西欧ではアウシュヴィッツ的事態は起きていない。フランクフルト学派は母国ドイツだからやたら気にするわけだが、そこが彼らの限界でもある。もっともこの本はまだ何を言っているか分かるからいいが『否定弁証法』となると何を言っているのか分からないから困る。分からないのはあなたが悪いんじゃなくてアドルノが悪いのである。
おお。意図的に難しいことを書いてるんだったら、分かるはずもない。なんだ、わからなくてもいいのか。ニューアカブームの頃に大学生だったので、こういうことはわからない方がオカシイのかと思っていた。


この調子で痛快な書評が続くのだ。(私にとって)面白くないはずがない。


彼の書評は両極端な傾向がある。1点か5点が多い。思わず全部数えてしまった。結果は次のようになった(微妙に数え間違えているかもしれんけど、結論には影響ないでしょう)。


確かに両極端だ。一様分布と比較するためにカイ2乗検定すると、X-squared = 91.0612, df = 4, p-value < 2.2e-16と出る。一様分布という仮説は棄却される。星2つと星5つはアベレージに近いが、星1つが多く、星3つと星4つが異様に少ない。

もっとも、これで小谷野氏が他のレビュアーと比較して極端な評価をしがちだと結論することはできない。他のレビューと比較してみないことには何ともいえないからだ。レビューを投稿する立場に立ってみれば無難な評価は面白くない(投稿するインセンティブがない)だろうし、案外レビュー全体の中では「普通」なのかもしれない。

2012-05-02

【書評】金谷健一『理数系のための技術英語練習帳-さらなる上達を目指して-』(共立出版)

金谷先生の待望の新刊をご恵贈頂きました。


理数系のための技術英語練習帳 -さらなる上達を目指して-理数系のための技術英語練習帳 -さらなる上達を目指して-
金谷 健一

共立出版 2012-03-22
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拙著『食える数学』の中で数学IVの優れた教科書(参考書)として、金谷先生の『これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで』(共立出版)を紹介させていただきました。金谷先生の数学の参考書はどれも明快で読みやすく、数学者が読んでも得るところがあるものばかりです。その金谷先生が、「英語」についての本をお書きになったのですから、これは注目しないわけにはいきません。

英語に関しては、本当に膨大な数の学習書、自己啓発書が出版されていますが、作文に関して具体的なサジェスチョンが書かれている本はあまりありません。読むのはともかく、書く英語となると、著者に、かなりの力量が要求されるためでしょう(読むと言っても、意味がわかるというレベルと、翻訳ができるというようなレベルでは随分差がありますが)。実際、TOEICで900点を超えるような人でも、英文を書くのはなかなか大変なようです。日本語ですら、きちんとした文章を書くのはなかなか難しいのですから、これは当然のことですが、我々理工系の研究者は、何が何でも達意の英文を書かねばなりません。論文を英語で書かねばならないからです。理工系の大学教員の英語の平均レベルは、そう大したものではないことが多い(自分も含め)ですから、英語で論文を書いたり発表したりすることの苦労は大変なものです。英文校正サービスを使えばいいじゃないかと言われそうですが、そのためには、曲がりなりにも、意味がわかるレベルの英文が書けなければなりません。そんなとき、本当に参考になる本があれば、と思い、書店をさまよった経験を持つ研究者は結構多いのではないかと推測します。本書では、英語の読みに関しても書かれていますが、ライティングについて学べる点が優れています。特に数学英語(そんな言葉はありませんけれど)を学ぶのに適しているように感じました。

本書には、論文を書いていて迷ったり、気になりつつもつい放置してしまうような問題について、的確な回答があります。例えば、

問:「~の解」という場合の「の」に相当する前置詞は、solution to ~とsolution of ~のどちらが正しいのでしょうか?
答:あらゆる前置詞が可能です。すなわち、solution to ~、solution of ~、solution in、solution on、solution with ~などすべて正解です。日本人には、「前置詞は前の語句から決まる」という誤解がよくあります。しかし、solutionが要求する前置詞などはありません。前置詞は後に来る語句から決まるのが原則です。何かの課題または問題があって、考えられる対策や解決策が別にある場合、それらを結びつけるには、toが適しています。(pp.167-169)

という「目ウロコ」な宣言の後に、例文を通した歯切れよい解説が続きます。

いや、こういうことで目から鱗が落ちるレベルでは英文を書くのは早いとおっしゃる御仁もいそうですが、いやいや、まさにこのレベルで論文を書き、海外の研究者と口頭やメールでやり取りをしなければならないのが多くの理工系研究者の実情ではないかと思います。

本書を読むと、例えば数値解析(数値計算法)などについても、「英語で」学ぶことができます。プロには常識でも学生にとっては一読の価値アリです。英語を学ぶのではなく、英語で学ぶということの第一歩として本書は大変有効です。

年間に出版される新刊は、英語に限っても大変な数だと思いますが、欲しい情報が書かれている本は稀です。本書はそんな「稀」な一冊です。座右に置いて参照するというよりも、実際に通読してみるべき一冊だと思います。

2012-03-03

論文1本で博士号取得できるってホント?

数年前に学生から、「論文1本で博士になれるって本当ですか?」と聞かれたことがある。

答からいうと、「取れる場合があるのはホント」である。

博士になる最短コースは、「課程博士を期限内に取得する」ことだ。

というのは、最近(の理工系大学院)では、

「博士課程在籍中に主となって研究を行った査読付の論文が1本以上受理されている」

という条件で(課程)博士を与えるところが結構多いはずだ。
分野にもよるし、大学の研究科にもよるけれど、最低ラインはここだ。

え、たったの1本でいいの?!

と思う人は多いだろう。

もちろん、学位論文そのものは別途書かないといけないのだが、それは大した話ではない。文章(理学系だと英語だが工学だと和文の学位論文は珍しくない)が書けるなら誰でも書ける(指導教官を納得させる必要はあるが)。指導教官が相当頑張ってくれる(学生の立場から見るとどうだかわからないが、教員は結構頑張っていることが多い)というのもあるし。ここがクリアできない人は聞いたことがない。

1本でいいというのには理由がある。御存知の通り、論文の審査には長い時間がかかる。フルペーパーなら半年~1年程度待つことはごく普通だし(たまに1年以上かかることもある)、おまけに出版されるとは限らない。落とされる(rejectされる)こともよくある。採択率は、一般的にはハイレベルなジャーナルほど低くなる傾向があるが、だからといってほとんど素通りというようなジャーナル(あえて名前は出さないが、工学系でも98%位採択するジャーナルがある)ではさすがに評価されない。大学によっては重みをつけて評価しているところもあるようだが、大体は、審査する教員が、「このあたりなら文句はでないだろう」というあたりのジャーナルならOK。

採択率は分野によって違うが、例えば、私がよく投稿する電子情報通信学会の場合、30~50%程度のようである。従って、博士1年修了時に1本投稿できたとして、半年~1年で受理される確率は、30%~50%でしかない。リジェクトされ、それからもう一度チャレンジして採択されればなんとか博士課程の3年で1本が受理される計算になる。

というわけで、3年以内に1本受理される、というのが、まあ、最低ラインだよね、という話になる。もちろん、3年を超えても1,2年なら課程博士として取り扱う場合もあるのだけれど、学費も馬鹿にならないし、歳もとるしで、頑張れば3年以内に取得できるようにするという暗黙の了解があるわけだ。

分野によって違うが、工学系なら、これに加えて国際会議で1回以上発表すればいい(ちなみに、情報系だと国際会議の方が難しいケースが多いのだが)。

研究をガンガン推進している研究室だと、「流れで」論文が出て、すんなり取得できることが多いと思う。研究が滞っている研究室だと余計に苦労したり、取得できないこともある。もし、選択の余地があるのなら、指導教官(候補者)の業績リストをみて、論文の出版頻度の高い研究室を選ぶのがいいと思う。もちろん、専門分野&教授との相性というものもあるから一概には言えないけれども。

ちなみに、論文博士となると、取得期限がないので、ファースト3本~4本位を目安にしているところが多い。

以上はあくまで目安というか最低ラインで、大学院によっては基準がもっと高いところもある。その基準は必ずしも大学の偏差値に比例しているわけでもないのが面白いところなのだけれど。

ご参考まで。

2012-02-02

遅れてきた地震ノイローゼ

昨年の5月~7月にかけて、セキュリティに関する研究費の申請書類を書いたり論文を書いたりしながら、ずっと地震の確率について調べていた。200本位の論文を眺め、そのうち50本位は本当に読んだ。Rで確率の計算をしたり、グラフを描いたりしていた。最新の研究について地震学者にメールで質問したりもした。何かに取り憑かれたようですらあったように思う。そのときは、一種の興奮状態だった。地震学が面白くて仕方がなかった。論文を書こうとさえ思った。熱が冷め、日常の仕事を普通にこなすだけの毎日が戻り、しばらくは地震のことなど考えもしないようになった。

ところが、最近になって、地震の夢を見るようになったのだ。

たびたび、「停電のニュースを見る夢」を見る。今夜も見るかもしれない。関東と東海・東南海・南海地方全域で地震が起き、停電になっているというTVのニュースを見ている夢だ。そして、人工衛星から見ているような画像が出てきて、本当に真っ暗になっている。これは一大事だと思うところで目が覚める。

これは明らかに「気にしすぎ」の症状だ。

昼間の私はもっと冷静に地震について考えているのだが、無意識にはそうではないのだ。私は地震を心底気にしているのだろう。

不思議なのは、地震学に取り憑かれたような期間にはこんな夢は全く見なかったこと。そして、その後も数ヶ月の空白期間があったのに、今頃になって再び気になるようになったことだ。遅れてきた地震ノイローゼである。

ときに、身体のどこかをぶつけて、そのときは痛みを感じず、数時間後や翌日に痛みを感じることがある。

心にもそんな反応がある、という経験は初めてのことだった。


2012-01-18

ビートたけしさんと対談する

ビートたけしさんと対談させていただきました。本日(2012年1月18日)発売『新潮45』の「達人対談」というコーナーです。



会ってみた印象は、「たけしさん、やはりタダモノではない」。

大学には勉強ができる人は大勢いて、この方向ですごい人は何でも理解できるし、何を聞いても的確な答が返ってくるような、官僚的明晰さがある。

たけしさんには、そういう感じもないわけではないけれども、全然違う凄みがある。「全部自分の言葉だ」という凄み。引用なしで、全部自分で考えて言っている。普通は、そういう言葉って偏見だらけで根拠がなくて、ほとんど納得しがたいものなんだけれど、たけしさんの場合は違う。納得させられてしまう。

今回の対談では、編集者の方から「とにかく話が途切れないように」というアドバイスを頂いていたので、私は一生懸命しゃべりまくったのですが、そうすると十分推敲しないで口にするので、話があちこちしてしまうわけです。そんな私の話を、たけしさんは何度も本題に戻そうとして下さいました。ものすごく気を遣う方です。

ちなみに、私は統計の達人という名目で登場してます。リミッターなし、本音全開で喋りました。よろしければ、ぜひ。

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ところで、たけし軍団っていうのは、これからの日本の縮図なんじゃないかと思う。

それは、一種の家族だ。

有り余る才能とパワーを持つリーダーと数名の準リーダーが狩りに出て、大金を稼ぎ出す。周囲はそれを助け、一種の扶養家族として生きていく。

軍団のメンバーの能力はおそらくバラバラなんだと思う。ほとんど仕事ができない人もいればリーダーに迫るメンバーもいる。収入はベキ分布してるんだろうな、と。そうなると下の方はそのままにしておくと仕事がない。稼ぎもない。でも、たけしさんは、彼らにも何らかの仕事を分け与え、飯を食わせ・・・・・・あらゆる面倒を見ているんじゃないか。

人間の能力の差というのはある意味ではとても小さいけれど、その小さな違いが生む成果の差はかなり大きい。重要な仕事に就ける人はごく一部だ。でも、皆それなりに自分の価値を感じていたいし、食べられなくなるのも困る。

これはある意味、理想のシステムなんじゃないか。

日本はいずれそうなる。

リーダーをリスペクトしているという点を除いて。


夜につまづき 作詞・歌 ビートたけし 作曲 泉谷しげる

Google検索(ビートたけし  夜につまずき)

関連エントリ:才能とは何か

私が一番好きな北野映画は、これ↓です。



追記:対談の中に、数字の誤りがあるようです。

p.250 下段8行目 「偏差値36ぐらいになると」→「偏差値46ぐらいになると」

取り急ぎ訂正させていただきます。

2012-01-01

謹賀新年-キッチンタイマー仕事術

昨年からブログ年賀状に移行しています。

今年も宜しくお願いします。

同じような方も多いと思いますが、最近、様々な仕事をするのに、キッチンタイマーを利用するようになりました。
締め切り効果で、作業効率が10倍…とはいきませんが、1.5倍くらいにはなっています。
空いている時間の長さにもよりますが、私の場合、

30分~60分 作業 10分~15分 休み

という感じで作業するのがベストなようです。

例えば30分だと、単純な事務処理(出張報告書を書くなど)A4一枚を書いて、仕事のメールを2~3通さばくのにちょうどいいくらいの時間です。
採点みたいな作業もこのくらいの時間が適当かも。

45分~60分だと、執筆作業にちょうどいいくらいです。

時間は個人差があると思うので、適当に調節してみるといいでしょう。

重要なことは、「必ず休む」ということです。作業の途中でも休む。
何か書いているときは、むしろ途中の方がいいような気がします。
次に書くことがはっきりしていればすぐに作業に入れますが、ひとまとまりの作業が終わっていると、次に何をするべきかを考えないといけませんから。

研究においては、実験のストーリーを組み立てたり、論文をざっと読んでサーベイするような作業が比較的軽い分野では、60分作業して休むという感じで仕事をするのは悪くない感じです。
セキュリティの論文をざっと読んで要点をまとめるだけなら、1時間あれば1~2本位は読めそうです。
ちゃんと詳細を理解するのは難しい(モノにもよりますけど数日~数週間かかる)ですけれど、そこまで深く読まないといけないケースはごく一部なので。

私が使っているのはTANITAのキッチンタイマー。音が大きくないのがいい感じです。

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ただし、実験や数学の問題を考えたりするときには、タイマーは悪影響があるので、
使わない方がいいでしょう。中断されない時間がどうしても必要です。
私も深く考えるときは、図書館に篭ったりします。携帯電話も持たないほうがベターです。

新年の抱負みたいなものを書こうかと思ったのですが、ごく普通のエントリになりました。
今年も効率的に仕事をこなしたいものですね。


2011-12-12

アメリカの大学院で成功する方法

吉原真理『アメリカの大学院で成功する方法』(中公新書)を読みました。 

 2004年に出版された本ですが、今でも新鮮さを失っていない本です。
 最近はこの種の本がたくさん出版されているようですが、この本は読んでおいて損はないでしょう。もともと勉強(専門+英語)がかなり得意でアメリカの大学院へ留学を希望するなら似たようなルートを経由することになるでしょうから。それに、日本国内ではアカデミックポストを得にくい状況にありますから(今後ますます厳しくなるでしょう)、海外(英語圏)での就職を考慮に入れるとアメリカの大学院への留学は今後主流となる可能性すらあると思います。

 アマゾンレビューでは賛否両論という感じで、否定的なレビューでは「専攻が違う場合はここに書いてある通りではない」ということが攻撃されていますが、まあ、これだけ専門分化してしまっている学問においては、それは当たり前で、一体験談として読むのが正解でしょう。私は理系なので、ここに書いてあることのいくつかは当てはまらないと思いますが(例えば一日1冊のreading assignmentがあるとかいうことは数学専攻、工学専攻などではありえないでしょう)、だからと言って本書がミスリーディングであるというのは言いすぎだろうと思います。タイトルのつけ方には文句があるかもしれませんが、学術書はともかく、一般向けの本のタイトルというのは著者の自由になるものでもないので、物書きとしては、ちょっと著者に同情したくなります。 

 私自身は、本書を読んで大いに反省させられました。論文の書き方、教授との付き合い方などというのは若いうちは「単なる処世術」と思って軽視しがちですが、意外と重要なものです。本書に書いてある具体的な事例は、大いに参考になるでしょう。私はこの歳になって、ようやくその重要性に気づきましたが、「教授との付き合い方」については、時既に遅し。論文の書き方についても、若いうちの怠惰を取り返すのはなかなか大変で、今でも苦労が絶えません。  

 ちなみに論文の書き方やプロポーザル(研究の進め方)をどのように書くかなどに関しては、日本では指導らしい指導はなされていないような気がします。研究室によっては懇切丁寧な指導があるのかもしれませんが、私自身はあまり聞いたことがありません。最初の論文に関しては、ある程度コメントしてくれると思いますが、それ以後は、自分で考えるしかありません。プロポーザルに相当するものは、日本においては、科研費(や各種補助金の予算)申請書類がそれに近いのでしょうが、これも試行錯誤で出すしかないのが現状です(最近は有益な本も何冊か出ているようですが)。私自身は、インドから帰国してからJSTのA-STEPの補助金に申請し、幸い採択されましたが、申請書を書くプロセスでコーディネータの方々に申請書の添削をしていただき、大変有益でした。こうした苦労は若いうちにするべきだったと思いますが、なんとなくこうしたことは「事務仕事」という感じで軽視されがちな気がします。  

本書には、研究者として生き残るためのノウハウが惜しげもなく詰め込まれています。 文系・理系問わず重要なのは「自分が他人からどうみられているか」という視点でしょう。私はこの種の感覚が発達していないので、最近は、できるだけ助言(とおぼしきもの)をよく聞くようにしていますが、これまでの数々の失敗を思うといたたまれなくなります。鈍感なおかげで精神を病むこともなかったのかもしれないので、これは良し悪しでしょうけれど。 

本書のレビューに、こんなに利己的で自己保身ばかり考えているのは嫌だ、という類のものがありましたが、いやいや、これって実は利己的ではないのですよ。相手がどう思うか考えているんですから。自己保身は非難されがちですが、保身を考えない人は、淘汰されてしまう確率も高いのであって、あながち悪いとも言えないと思います。